
法話2009年2月 安洞院短信2月号掲載
不況も無常
二月の寒さはいくら厳しくとも我慢できるものです。それはまもなくお彼岸の季節を予感できるからです。
生きていく上での苦労も同じことが言えます。今はどんなに苦しくても、未来に希望のもてる人たちは耐え忍ぶことができます。しかし絶望の淵に追いやられてしまった人たちは枯れ枝の梅のように二度と花を咲かせることができなくなってしまいます。
アメリカとはまったく縁がないと思っていたこの福島にも不景気の波は容赦なく押し寄せています。事業所の閉鎖、大量の解雇によって失業を余儀なくされる中高年者や、就職のできない若者たちが私の周囲にも出始めています。世の中で一番悲しいことは働く場所がないということです。
企業にも確かに存続を前提とする手法があり、資本にも一定の論理があるかもしれません。しかし現代社会にはどうも智恵が足らないように思うのです。仮に失業率が十パーセントに達したならば、国民一人一人の給料を一律十パーセントカットして、今までどおりの雇用が確保できないものでしょうか。
仏教では「諸行無常」と説きます。この視点に立てば、今の不景気が永遠に続くことはありえません。いずれ好転します。
それならば、企業もこうした今を逆にチャンスと捉え新卒者をできるだけ採用し、来るべき時期に備え、じっくりと教育すべきではないでしょうか。更に、新技術や新規産業の開発研究などに力を注ぐのも今が絶好の機会だと思います。
目の前の数値に一喜一憂して、人材の枯渇を招けば、好景気をやがて迎えたとき世界を相手に反転攻勢ができなくなります。不況の中で存続できた企業が皮肉にも好景気を迎えたとき、競争に敗れ、消滅していくということだってあるのです。
私たちの暮らしもこの不景気を機に大幅に見直してはどうでしょうか。たくさんの無駄や不必要なものがきっとあります。
限られたお金を有効に使うということは、限りあるそれぞれの持ち時間、つまり自分の命をなおざりにしないということに通じます。残業が激減したら、早めにうちに帰って一家そろって食卓を囲んではどうでしょう。家族といかに疎遠であったかを反省し、家庭再生を図るのも智恵だと思います。
「冬来たりなば、春遠からじ」古人の教えどおり、子ども達のためにも希望だけは抱き続けたいものです。そして、所詮景気は循環しているに過ぎないのだということを達観すべきなのです。
住職 合掌

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