
法話2008年7月 安洞院短信7月号掲載
経典の由来
今、お寺では「大般若経六百巻」奉納のためのご施主様を募集中ですが、おかげさまで数多くの方のご寄進をお寄せいただいております。いつもながらの皆様の御信心に深く感謝申し上げます。そこで今回は経典の由来について述べてみたいと思います。
仏教経典の成立はお釈迦様没後、500年後といわれております。生前お釈迦様が説法された内容が時代を経るたびに聞く人、説く人によってその趣旨が変わってきました。そこで当時のインドの多くのお坊さんたちが集まり(これを結集という)自分たちの伝承してきた教えを述べ合い、整合性と統一性を計りました。そうしてできた諸経典を総称して、経蔵といいます。
やがてその経典に対するそれぞれの解釈書も出版され、学問的、論理的に研究されるようになってきました。その注釈書群を総称して論蔵といいます。
さらにまた、教団の発達とともに修行僧たちの生活や修行の規範として戒律を定めるようになってきました。これらの戒律を総称して律蔵といいます。
これら経蔵、論蔵、律蔵を三つ合わせて三蔵と呼びます。
三蔵法師とはこれらの三蔵の諸経典に精通したお坊さんを言いますが、特に有名な方がインドから大般若経典六百巻はじめ膨大な経典を請来した玄奘三蔵です。
彼は唐時代、数人の弟子とともに過酷な道を危険をおかして踏破、インドに渡り数年の歳月を費やし請来すべき経典を探し、書写しました。サンスクリット(インドにおける古典語)原典の経典を一句一字正確に書写する苦労は並大抵のことではなかったと思います。その後、彼は長安に戻り4年の歳月をかけて全巻を翻訳しています。
現代のようにコピーと通信手段が発達していれば、自宅にいながらにして膨大な資料が短時間に入手できますが、それでは逆に経典が信仰の対象にはならなかったでしょう。まさに命がけで伝えられた経典だったからこそ、千年の風化にも耐え、今でも伝えられているのだと思います。
この秋には「大般若経」奉安の記念法要を厳修し、玄奘三蔵法師のご遺徳と本経典普及のために生涯をかけて版木を完成させた鉄眼和尚のご功績を改めて顕彰させていただきたいと念じています。
住職

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