
法話2008年6月 安洞院短信6月号掲載
災害に思う
中国で大地震が発生し、数多くの方が亡くなりました。連日現地の生々しい被災状況が放映され、被害の甚大さに驚くばかりです。特に今回の地震は子供たちが学校にいた時間帯に発生したため、校舎の倒壊に伴う犠牲者が多かったということに胸が痛みます。
亡くなられたかたがたのご冥福と、未だ安否の定かでない多くの皆様の一日も早い発見と身の安全を心よりご祈念申し上げます。
地震は地殻の変動が何千年、何百年という周期で起きるため、その地域に住んでいる人たちは何も知らないまま、突然の災害に遭遇し、なすすべもなくうろたえるばかりです。
こうした大災害に接して思うことは、常日頃人類は地球を隷属的なものと考えてはいなかっただろうかということです。そして、自分たちの都合によってあまりにも無神経に取り扱ってはいないでしょうか。
大地震や大噴火によって改めて地球はマグマを中心とする巨大なエネルギーを秘めた生き物であったんだなということが気づかされます。
一方ミャンマーでは想像を絶する台風被害によって壊滅的な被害を受けています。この異常気象は地球温暖化によるものではないかという指摘を受けています。
現代文明のもろさが今回の災害によってまたも証明されましたが、こうした災害を契機に改めて地球と私たちの関係を考え直してみたいと思うのです。
地球の都合を聞きながら、どこにダムを作ってはいけないか、どこに高層ビルを建てられるか、どこまで温暖化が進めば、地球は不可逆的な環境悪化に陥り、人類の生存が不可能になるのか、確実に把握しなければなりません。
もし、今回の四川省地震が東京に発生したら、日本は国家社会の崩壊に近い人的、物的被害をこうむるでしょう。そうした危機感から検討された首都圏移転構想は今どうなってしまったのでしょうか。
ガソリンがさらに値上がりします。値上がりを嘆くより節ガソリンの生活を心がけましょう。私たちの先祖がここまで生き抜いてこられたのは、環境に適合する智慧と努力があったことを決して忘れてはいけないと思います。

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