
法話2010年1月 安洞院短信1月号掲載
息を調える
明けましておめでとうございます。昨年一年は本当に御世話様になりました。山内一同、心より深く感謝申し上げますとともに、今年も何卒よろしくお願いいたします。
毎年、年頭に当たり正月三日間、副住職とともに三朝のご祈祷をいたします。
国家の平安 世界の平和 皆様のご健勝とご家庭のご多幸を念じつつ、そうした思いと祈りを込めて新春の御札をお送りさせていただきます。皆様方のこの一年のご清福を心よりご祈念申し上げます。
大切なのは かつてでもなく これからでもない
一呼吸 一呼吸の今である (坂村真民)
私たちは過去への後悔と未来への不安に悩みます。そして、悩み深いときは呼吸も浅く脈も乱れます。
生まれたばかりの赤ん坊の第一声・産声は吐く息から始まります。そして私たちがこの世を去るときは、胸の中にたくさんの空気を溜め込み、つまり息を引き取って終わります。
生涯数え切れない呼吸を重ねて私たちは生きていきますが、「生きるということは息るということ」に由来するといわれ、息の仕方によって生き方が決まるとさえいわれています。禅宗では調息といって、呼吸を整えることを大切にしてきました。
耳の遠くなった人は長生きをするとよく言われます。これにも一つの理由があります。
耳が遠い人は自分の声も聞き取れにくくなってきます。したがって大声で話すようになります。大声で話すためには普通の人よりも深く呼吸をしなければ、ことばが続かないのです。結果として肺の中はいつも酸素に満たされ、血液の酸素濃度も高まり、体中の細胞が活性化され、長寿をまっとうできるという理屈になります。
呼吸は吐いた分しか戻ってきません。全てを吐き出したときに無限の可能性が戻ってきます。笑うことも、話すことも、利他行は吐く息によって行われます。
過ぎ去った過去は夢のまた夢。未だ来ない未来は幻のかなた。夢・幻の世界に悩むより、今の一呼吸・一呼吸を調えて大切に生きたいものです。
天はその人の限界を超える試練は与えないといわれます。大きな困難に遭遇したとき、自分がどう試練に耐え、どう成長していくかを考えるぐらいの心の余裕を持ちたいものです。
祈 万福多幸
住 職
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安洞院短信2010年1月号(第60号)PDF
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